【実に恐ろしきは2】



 その日の昼過ぎ。
「ゆ、夢丸?!」
 家事もひと段落し、思わずウトウトしかかっていた春哉の元に一人の少年が現れた。
「お前、どうして?!もしかして旦那様に黙って出てきたのか?」
 夢丸と呼ばれた少年は心なしか頬を染めて戸口に立っていた。春哉の問いに対して首を横に振ると、傍に歩み寄ってきた。
「あの、春哉様に芸事の稽古をつけていただきたいんですっ!!」

 芸事。

 陰間たちは芸事を修め、客をもてなす。
 夢丸は春哉がかつて居た茶屋『浮橋』の陰間であった。春哉が花形を張っていたとき、この夢丸はまだ見習いで、膳の上げ下げや湯の用意などの雑用を担当していた。そんな夢丸が芸事の稽古をつけてほしいと頼みにきたことから、下積みを終え、ようやく本格的に陰間としての心得を学ぶ時期に入ったらしいことがうかがえた。
「だからってお前。私が稽古をつけるとどうなるか分かって言ってるのか?今までにも大勢の陰間たちに芸事を教えてきたが、私の稽古は厳しいと評判だったのだぞ?」
「もちろんです。どんなに厳しくとも構いません。すでに旦那様には許可を取ってあります。月謝ももちろんお支払いします!ですからお願いです、芸事の稽古をつけてください!!」
 夢丸は小さな体を精一杯折り曲げて頭を下げた。真っ赤に染まった頬に、高く結い上げた髪がさらさらと滑り落ちた。

 そこへこの家の主である数馬が帰宅した。まるで狙ったかのような間のよさに、春哉は心の中で思わず苦笑する。
「今帰ったぜ。……っと、なんだ?」
 いつもなら家の中にどかどか入っていくのだが、今日は出入口に小柄な人間が立っていることに気付き、慌てて避ける。
「お帰りなさいませ。――実は――――――」
 珍しく少し動揺した春哉が、この少年が誰でどんな用件で来たのかを話す。予想に反して数馬はあっさりと言った。
「別にいいじゃねェか、教えてやれよ。夢丸も厳しい方が身につくと思ってお前に頼みに来たんだろうし」
「そんな簡単に……。陰間である夢丸はあまり市中に出られません。芸事を教えることになれば、私が『浮橋』へ行かねばならなくなります。そうなれば今までのように家事を満足にこなせるかはわかりませんよ?数馬さん、協力してくださいますか?」
「食事くらい外で食っていくし、洗濯ならやっておいてやるよ」
「ちょっと心配なんですが……?」
「それによ、俺はお前が芸事教えているとこ、見てみたいねェ。仕事帰りにでも店に寄っていいか?」
「……相談する相手を間違えたようです」


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